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台湾は何で親日と言われるの?

 

日本と台湾とは深い関係があったりするの?

 

この記事では、上記のような疑問を持っている方に日本と台湾の歴史を

知ることができるお勧めの映画を3作品ご紹介します。

 

この記事で紹介する映画は、ドキュメンタリー映画なので、

人によっては少し退屈に感じるかもしれません。

 

ただ、全く日本と台湾との歴史を知らない人にとっては、

驚くべき色々な事実が知れると思います。

 

『こんなに日本と台湾は歴史的に深い関りがあったのか』と驚くはずです。

 

一人でも多くの人にも知ってほしいと個人的には思いますので

少しでも興味があれば是非見てみてください。

台湾人生

1つ目は、『台湾人生』という作品です。

 

かつて日本人だった5名の台湾の方々の実際に体験した話を元に

物語が進んでいきます。

かつて日本人だった”というのは、1895年から1945年まで

日本が台湾を統治していたからなんです。

この事実を知らない人も意外と多いかもしれません。

 

この統治下において、日本は欧米への対抗意識もありましたが、

台湾のインフラ整備、教育の普及、治安の維持に力を注ぎました。

 

過去の記事で台湾の歴史について書いています。

良かったら見てみてください。

 

台湾の統治には教育にも力を入れていました。

統治時代の学校教育は日本語で行われていましたので

この時代の台湾の方々は、日本語を話す事ができます。

台湾人と言わなければ、日本人と思ってしまうくらいの

日本語を話す人も多いです。

それも格式の高い立派な日本語です。

 

この方々の事を「日本語世代」と呼ばれたりします。

 

この映画に出演している方々も、日本が台湾を統治していた時代に

日本語教育を受けて、日本人として生きてきました。

 

その後、第二次世界大戦が始まり戦況が厳しくなると、

台湾でも志願兵制度に続いて徴兵制度が布かれます。

 

台湾の主要都市もアメリカ軍の空爆の標的となり

多くの死傷者が出てしまいました。

 

そして、日本が敗戦し台湾に住んでいた日本人が台湾を去る事になり、

大陸から来た蒋介石の中国国民党軍が台湾統治をすることとなります。

 

中国国民党の統治は、台湾の方々にとって決して良いものではなく

二二八事件や白色テロといった激しい台湾人への弾圧が行われました。

 

更にこれまで日常で使用していた台湾語、日本語の使用が禁じられ、

長い間口を閉ざさないといけなかったんです。

今までの環境がガラッと180度変わってしまう激動な体験です。

 

また、1972年に日中友好条約の一方で日台の国交は断絶してます。

残された台湾の方々にとっては、非常にショックな出来事です。

それまで日本人として生きてきたわけなので、日本の外交姿勢を

みると当然ですよね。

 

日台の国交は断絶してしまいましたが、民間レベルの交流は

今もなお強固に続いています。

それは、日本語世代の方々の力が非常に大きいです。

ただ、時の流れとともに根幹である日本語世代の

世代交代が進んでしまっています。

正しい歴史的事実を若い世代にも繋いでいく事も重要になってきますね。

 

この映画では、そんな激動の歴史に翻弄されながらも、人生を力強く

歩んできた方たちの日々の暮らしの様子を交えながら、日本統治時代、

戦後の国民党時代を経て現在に至るまでの人生をインタビューで

振り返ります。

 

台湾での最も波乱に満ちた時代を生きた日本語世代の台湾の方々が

自らの人生を振り返る時に語る言葉には考えさせられるものがあります。

どんな方が登場されるか?

映画内でどういう体験をした方が登場しているのか

1名の方をピックアップしてご紹介します。

 

蕭錦文(しょう・きんぶん)さん

統治時代には、ビルマ戦線で戦った元日本兵の方です。

台湾総統府と台北二二八記念館でボランティア解説員を務めています。

 

観光に訪れる日本人には親しみを感じていますが、

日本政府に対しては納得していません。

蕭(しょう)さんは、二二八事件の時に拷問を受けて、白色テロで

弟さんを失くしてしまうという過酷な運命を乗り越えてきました。

今では台湾や日本の若い人に歴史を伝える事が自分の役割だと

思っているそうです。

 

僕の奥さんは台湾人という事もあって、台湾の文化や歴史について

もっと知りたいと思っています。

今回の映画は書籍とは違い、実際に日本統治時代を体験した生の声を

聴けて非常に貴重だと思いますし考えさせられました。

 

一人でも多くの日本人に知ってもらいたいですし、

忘れてはいけない歴史だと個人的に思います。

 

残念な事に多くの日本人は、このような事実があったことを

知らないです。

特に今の若い世代は、台湾という国自体の事を詳しく

知らないという方が多いと思うので、是非知ってほしいですね。

 

かつての僕も台湾について全くの無知でしたが、書籍や

こういった映画を見たりして少しづつ学んでいっています。

 

話を戻して、この映画で唯一残念だったと思ったのが、

日本版のものは中国語の字幕がない事です。

奥さんと一緒に見たのですが、奥さんが完全に理解できなかったので

中国語の字幕があれば更に良かったです。

 

映画内では、所どころ中国語も出てきて部分的には理解できますが

出演されている台湾の方の殆どは日本語でインタビューを受けています。

なので、日本語が理解できないときついですね。

アクション映画とは違いドキュメンタリーなので、何を言っているのか

理解ができないと非常に退屈なものになってしまいます。

 

奥さんも日本語を勉強していて、理解度も上がってきているので

時期をみてまた一緒に見たいと思います。

特典映像

特典映像には、この映画の監督である酒井 充子(さかい あつこ)さんの

インタビューと未収録映像がはいってます。

DVDには、24ページの劇場パンフレットの縮刷版も同封されています。

台湾の事や歴史、撮影日記など記載があり補足情報として良いですね。

 

台湾人生ですが、書籍も出ています。

台湾人生 かつて日本人だった人たちを訪ねて


また、酒井監督ですが他の台湾関連の作品も出されていますので

興味のある方は、合わせて見てみてはいかがでしょうか。

 

台湾アイデンティティー

 

台湾萬歳

僕も上記の作品はまだ見れてないので、近いうちに必ず見ます。

見た後に記事も書きたいと思います。

 

湾生回家

2つ目は、『湾生回家』という作品です。

この「湾生」という言葉は、戦前の台湾で生まれ育った

約20万人の日本人を指す言葉です。

回家」は中国語で、家に帰るという意味です。

 

「湾生」という言葉は、僕も恥ずかしながら最近まで知りませんでした。

 

きっかけは日本と台湾の合同制作ドラマ「路~台湾エクスプレス~」を

見た時に湾生の方が出てきて知りました。

 

過去にブログ内で「路~台湾エクスプレス~」についてもご紹介しています。

 

その後、湾生の方についての『湾生回家』という映画が

あるのを知って、すぐに買って見たわけです。

 

この記事の冒頭でもお伝えしましたが、下関条約の締結された

1895年から1945年までの50年間、日本が台湾を統治していました。

 

当時、日本から公務員や企業の駐在員が台湾へと渡り、

農業従事者も移民として台湾の地を踏みました。

 

そして、第二次世界大戦で日本が敗戦し、殆どの日本人が

中華民国政府の方針によって、日本本土に強制送還されます。

この強制送還には、台湾で生まれ育った「湾生」の方も含まれます。

 

日本へ送還される際に許可されたのは、一人当たり現金1,000円(当時)、

わずかな食糧、リュックサック二つ分の必需品だけでした。

※1,000円は現在の価格でいうと、ざっくりですが100万円程です。

 

強制送還された日本人は、軍人・軍属を含めて50万人近かったそうです。

 

台湾で生まれた日本人にとっては、台湾は紛れもなく

故郷』でしたが敗戦によって、故郷から引き裂かれ

未知の祖国・日本へ戻されることになったのです。

 

『湾生回家』は、そんな湾生たちの故郷・台湾へのはせる思いを

すくいとった台湾のドキュメンタリー映画となっています。

 

この映画を見て思う事は、湾生の方の心にいつもある場所は

台湾”なんだなと強く感じました。

 

日本で生まれ育ったのに祖国といえど異国へ行かないといけない

状況になったら、僕も日本に対して同じような感情を抱くと思います。

住みたくても住めない状況になるのは、言葉では言い表せない

思いがありますよね。

 

異例のロングランヒット映画

『湾生回家』の映画ですが、知っている人も多いかもしれません。

それもそのはず、台湾で3,200万台湾ドル(約1億400万)

11週上映というドキュメンタリー映画としては異例の

ロングランヒットとなりました。

 

公開劇場数も50劇場を超えて、16万以上の観客数を記録してます。

2015年の台湾でもっとも話題になったドキュメンタリー映画の

一つとなっています。

丁度この頃に台湾に行っていましたが、正直全く知りませんでした。

劇場で見たかったです。

 

監督は、黄銘正(ホァン・ミンチェン)さんという台湾の方です。

特典映像には、監督のインタビューが収録されていて

どういう映画にしたかったかなど話をされています。

 

日本人の方にもこのような経験をした方がいるというのを知れる

貴重な映画だと思います。

 

哲人王〜李登輝対話篇〜

3つ目は、『哲人王〜李登輝対話篇〜』という作品です。

以前、元台湾総統の李登輝氏の記事で紹介しましたが

李登輝氏の半生を描きながら、日本と台湾の歴史も知ることができます。

 

ストーリーはこんな感じです。

日本の大学生である「まりあ」は絶望しています。

何に絶望していたかというと、世界中でもたらされている

戦乱、貧困、混沌などの現代社会の病理にです。

生きる気力がなくなって、湖に身を投げて自殺をしようとします。

 

その時に、彼女の意識が台湾の元総統の李登輝氏の意識と同通し

李登輝氏との対話が始まります。

李登輝氏は、”まりあ”が知らなかった日本が統治していた台湾時代や

自身の少年時代、学生時代、政党時代などについて語ります。

この対話により、今まで全く興味のなかった日本の素晴らしい一面に

気づいていき思いをめぐらせます。

 

この記事で紹介した2本の作品とは違い、アニメーションや上記のような

ストーリー要素が入っているので、完全なドキュメンタリー映画

ではないですね。

台湾の歴史を何も知らないという方は、一番入りやすいのでは

ないかと個人的には思いました。

 

李登輝氏が台湾の総統になっていなかったら、今の台湾は

全く違った姿になっていたと思います。

それくらい台湾に与えた影響は計り知れません。

 

この李登輝氏も、日本が台湾を統治していた時代を経験された方です。

親日家でもあり、生前には「私は日本人」と発言もしていました。

 

こんな偉大な方が日本の素晴らしさを説いてくれるのは

非常に嬉しいですし、日本人であるという事に誇りを持てます。

 

それと同時に、しっかり日本人として恥じないような行動をしないと

いけないなと思いますね。

 

ちなみに映画内で語られる、"まりあ"とのやりとりを除いた李登輝氏の

セリフは、講演や著作などで語った李登輝氏自身の言葉との事です。

劇場のパンフレットにそのように記載がありました。

こういう情報は、映画の魅力が更に上がるので良い情報でしたね。

 

また、『哲人王』の監督である園田映人さんの母親は、台湾で生まれ

祖父は台湾の近代化に尽くした役人・教育者だったそうです。

 

パンフレットには、李登輝氏の経歴やロケ地、インタビューに出てきた方の

紹介などがされています。補足情報として良かったですね。

 

個人的に面白かったのは、最後のページにある『哲人王』検定試験です。

 

李登輝氏が日本統治時代に使用していた名前は何か?という問題は

難しかったですね。

わかりますか?

正解は、「岩里政男」です。

 

興味があれば、パンフレット付きのものも販売されているので

是非読んでみてください。

この記事のまとめ

いかがだったでしょうか。

日本と台湾との歴史について知る事ができる3作品の映画をご紹介しました。

 

1つ目にご紹介した『台湾人生』は、日本の統治時代、国民党時代を

経験した台湾人の方を取り上げています。

 

2つ目の『湾生回家』では台湾で生まれ育ちながら、日本が敗戦して

しまった事で、日本という未開の地へ行かなければならなかった

日本人の方を取り上げています。

 

戦争によって人生を翻弄され、この方々達の事を思うと

何とも言えない思いがでてきますね。

 

この歴史は若い世代の方にも伝えて知らないといけないと思います。

また、現代では強制的に異国の地に行かないといけない状況はありませんし

選択の自由がある事に対して、感謝を忘れてはいけないと改めて思いました。

 

少しでも興味を持ってくれたら嬉しいです。

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